Mao Kuroyama

 私は今回、私の育った家系に受け継がれてきた「血脈の愛」を保存するために標本を制作しました。「血脈の愛」というのは、私の祖母が使った言葉です。とても重く強い言葉ですが、この言葉の背景には私の母方の家系の、ある慣習が関係しています。これからその慣習とこの作品を制作した意図についてお話しします。

 私の祖母は、祖母にとっての祖父母、私から見た高祖父母に育てられました。祖母の生まれ育った家系は代々、呉服屋を営んでいたため、特に服装に厳しく育てられたそうです。その教えから祖母も自分の子供を育てる際に服装に強いこだわりを持つようになりました。祖母は夜間の洋裁教室に通い製図と縫製を学び、自分と娘たちの服を手作りするようになりました。金銭的に既製品を買えないという訳ではなく、自分にとって、唯一無二の可愛い我が子に、よその子供と同じものを着せたく無いという気持ちから作っていたそうです。

 そんな祖母の作った服を着ながら育った私の母は、高校卒業と同時に服飾の専門学校にすすみ、卒業後はその専門学校で先生をしていました。結婚し子供を産んでからは祖母が自分に手作りの服を着せたように、私と妹にも祖母の手作りの服を親戚の結婚式やお正月などの特別な場面に着せて育てました。

 そして、そのような環境で育った私は、服やその生地に惹かれ、現在大学でテキスタイルを学び、布や服を作るようになりました。

 この、呉服屋の家系の中で無意識のうちに血と一緒に受け継がれてきた、親が子供に着せる服に対する強いこだわりを祖母は「血脈の愛」と呼びました。

 その「血脈の愛」を象徴する祖母が母と私に作った服を材料に、制作したのが今回の作品です。

 制作のきっかけとなったのは、去年の2月に祖父母の家のクローゼットから出てきたこれらの服でした。この服は全て祖母が30年近く前に私の母のために作ったものでした。私はこれらの丁寧に作られた多くの服を見て、祖母と母の間にある強い愛を感じ、その愛情の表し方がおそらく他の家庭には無い特別なものなのではないかと思いました。

 別々の人間である祖母・母・私を強く結び付けているのは血の繋がりと、さきほどお話しした家系で受け継がれてきた服にまつわる慣習です。この慣習の根本にあるのは、親から子への愛ですが、愛は目には見えず、触れることもできません。今私の代まで続いている慣習も、いつかは薄れて消えてしまうのかもしれません。この曖昧ながらも今の私に大きな影響を与えたそれを形に残し触れたい思ったのがこの制作の発端です。

 はじめに私はこの作品のことを、標本と言いましたが、皆さんは、標本が持つ役割をご存知でしょうか。標本は、研究や教育のために、動植物・鉱物などの実物を保存するために作られます。私は自分の家系の愛とそれによって生まれた慣習を標本にすることで、いつか忘れられてしまうかもしれないそれを、永遠に保存しようと考えました。

 この標本の制作プロセスは、「服の原形と記憶の記録」と、「服の解体・再構築」の二つに別れています。すべての行為に、血脈の愛に触れるための意味合いがあり、この作品の重要な要素です。

 まず、1つ目のプロセスである記録ですが、この工程では服一着一着に関わる記憶の収集と写真の撮影を行いました。テキストと写真を残すことで、この後の解体・再構築によって失われてしまう個々の服の中の詳細な情報も保存したい考えたからです。

 服の全体像から、人が着ていた痕跡である生地の毛羽立ちまで、細部まで記録を行いました。

 そして2つ目のプロセスである、服の解体・再構築ですが、私にとってこの工程は、その服の持つ記憶を遡り追体験する役割があります。これらの服は母と私に着られ、その前は祖母に作られ、さらに祖母の作る行為の発端には高祖父母の教えがあります。服を解体し、作られた工程を遡っていくことで、私が生まれるよりもずっと昔から存在した「服を作り子に着せる」という家系の慣習を追体験し、その根底に在る「血脈の愛」そのものにも触れられるのではないかと考えました。

 そうして、工程を遡りきることで服の中から血脈の愛を見出すように、この標本そのものも、布の作られた工程を遡りきることで作り出されています。通常なら、布は、繊維を紡いで糸にし、その糸を織って作られますが、私はその真逆の工程を踏みました。服の縫製を解きパターンの状態に戻し、そこからさらに生地を解き糸に戻し、最後にはその糸を繊維の状態まで解体しました。

 服が作られた工程を遡ることで、長い年月受け継がれてきた慣習を追体験し、「血脈の愛」という形を持たない本質に還元したように、服として完成されていたものを繊維まで細分化することで混ぜ合わせ、標本に還元する。この、戻りきることで新しく生み出すという手段がこの作品の特徴であり、私が最も大切にしている部分であると言えます。

 ここからはその、解体・再構築の具体的な方法についてお話しします。

 まず解体ですが、これは縫製を解くことによるパターンの状態までの解体と、その生地をさらに糸の状態に戻す解体の二つの段階を最初に作っています。

 これが糸の状態への解体の様子です。経糸もしくは緯糸のどちらか一方を残し、全ての糸を一本ずつ引き抜きます。服であった痕跡が失われないよう、パターンの形を保った状態で解体を行っています。こうして解いた服を次のプロセスでは繊維の状態まで解体しながら再構築していきました。

 繊維への解体と再構築の技法として用いたのはニードルパンチという技法です。この技法はフェルトを作る時に用いられるもので、返しのついた針で繊維を壊すことで、基布とその上に重なったものの繊維を絡ませ一体化させます。

 この技法によって、生地と糸の状態に戻した服を、繊維の状態まで細分化し、一体化させました。元の服の痕跡を残しながら祖母・母・私の持つ服に関わる記憶を混ぜ合わせ、それぞれの記憶の根底にあった「血脈の愛」を標本に表しました。

 完成した作品の中には、完成した作品の中には、ニードルパンチによって埃のように分解されながらも残るパターンの影や、ポケットやボタンホールの穴、壊れ切り簡単に破れてしまう脆い生地、血脈を思わせる糸の流れなど、服から抽出された生々しい血脈の姿があります。

 この作品を見た人の中に一人でも、私が大切に思った血脈の愛を自分の家族の関係に置き換え、自分の家系の愛について考えるきっかけにしてくれる人がいればいいと思っています。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。